次世代に繋ぐ力

ここ数日、興味深い発想に出会うことが多いので少しご紹介しようと思います。

ある男性が、日本の「島」で、貨幣社会や時間軸から切り離された世界を創ろうとしています。大きくはないけれど、そこそこ面積はあるので経済圏としては小さくありません。

目を向ければ、魚が絶え間なくとれる美しい海があり、野菜が勝手に育つ土があり、風が吹き、お米もとれて、伝統的な祭りがあって、古いけれど人が住まなくなった家が多数あり、暮らそうと思えば、何の不足もありません。

地方創生の名のもと、行政管轄の助成金の制度もありますが、それを使うとなると、通過するまでの手間暇や、制度を満たすための補強などで、かえってお金もかかる。

だから、こっそり自分のできる範囲で進めているのです。

 

クラウドファンディングはどうですか、とのお声も掛かるようですが、彼は言います。

「べつに、急いでないから」。

 

そこには、「生きること=楽しむこと」の若い大学生達が転がり込んで、試行錯誤で出来ることから始めている。

多く稼ごうとも思ってない。

早く進めようとも思ってない。

自分の代で終わらないとき、

誰かが引き継いでくれればいいから。

 

「完成」という集大成を迎えた瞬間、崩壊を辿るのは万物共通の法則。

 

「がむしゃらに完成を目指すより、たとえ何も持っていなくても、ゆったり、人間らしく暮らしていける世界を永遠に続く形で創れたらいいなと思ってる。」

 


完成を迎えなければ、ずっと続いていくから。

彼にはビジョンしかありません。

 

「いつまでに」「何を」「どういう手段で」と、盲目に走ることを教え込まれた現代人たちへ、無言の一石を投じた形です。

人生100年時代と認知されるようになりましたが、そこにある時間の概念はせいぜい100年。

その先の世代へ繋いでいくこと思う時200年、300年ともっともっと長いスパンでの視野が広がってくるのです。

 

長い長い悠久の時の中で、自分の命をどう燃やすか。

 

その発想を持った時、人は「自分一人」の枠組みを超えざる得ません。

 

自分の世代で何かを終わらせようと思うより、バトンタッチを前提で創造していく。

本来、DNAがそうであるように。

 

これはまだ、ある島での物語に過ぎません。


今の世界は「資本主義」という別の価値観で回っていて、どちらがいい、悪いではありません。

 

ただ、思考の枠を超えて新しい何かを創造するとき、全く真逆の価値観が、本当に守っていかなくてはならない何かを思い出させてくれることがある。

彼の話を聞いていると、そんな風に思うのです。

 

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